コスモスと石の寺 西国薬師 第3番 般若寺

薬師寺の近鉄西ノ京駅から奈良駅に出てバスで移動。
般若寺にやってきました。

般若寺バス停より。

奈良 般若寺 バス停


南に東大寺大仏殿を眺め見る立地です。
般若寺から北東方向には浄瑠璃寺(ブログ記事)や岩船寺(ブログ記事)へと繋がります。

バス停からすぐのところに法性山般若寺はありました。

奈良 般若寺1


お寺の塀を超えて、石塔がにょきっと見えていました。

境内に入るなり、たくさんのコスモスがお出迎え。

奈良 般若寺2


般若寺はコスモス寺として有名です。
ご住職はブログをはじめツイッターやインスタグラムでもコスモスの開花情報などを
発信されており・・・

奈良 般若寺 インスタグラム


こんな小道具も( *´艸`)

ご住職情報では11月5日時点では満開過ぎ、とのことでしたが、
なんの、まだまだ美しく咲き誇っていました。

奈良 般若寺3


カンマン石

奈良 般若寺 カンマン石


般若寺は石のお寺でもあり、
不動明王が乗ったこのカンマン石の突起部にお腹や背中を押し当てると
健康が増進するそうです。

奈良 般若寺 カンマン石2


何といっても目を引くのが・・・

奈良 般若寺 十三重石宝塔


鎌倉時代の重文、十三重石宝塔。

般若寺は寺伝では、飛鳥時代に高句麗の僧・慧灌により開かれたとされ、
天平7年(735)聖武天皇が都の鬼門を守るため、大般若経を基壇に納め
卒塔婆を建てたのが寺名の始まりということです。
平重衡による南都焼き討ちで廃寺同然となりましたが、鎌倉時代に入って
再興が進められ、現在の石塔は鎌倉時代の再建のものです。

奈良 般若寺 十三重石宝塔2


高さ12.6メートルの、日本を代表する石塔のひとつ。
立派な基壇では受戒式が行われたと推察されるそうです。

東西南北に顕教四仏(けんぎょうしぶつ)、薬師、釈迦、阿弥陀、弥勒の
彫刻が見られます。

奈良 般若寺 十三重石宝塔3


東の薬師如来は西国四十九薬師霊場第三番の札所となっています。

奈良 般若寺 十三重石宝塔5



奈良 般若寺 十三重石宝塔4


昭和39年の大修理の際、塔内からたくさんの宝物が発見され、その中にも
薬師如来の仏像があったそうです。

江戸時代に再建された本堂に参ります。

奈良 般若寺 本堂


本堂前の灯籠は、装飾性に富んだ鎌倉時代の般若寺型石灯籠。

境内は色とりどりのコスモスのお花に溢れていますが、一見地味な本堂。
しかし、本堂の中には驚くべき仏像群が・・・。

お厨子の中にご本尊、鎌倉時代の重文、八字(はちじ)文殊菩薩騎獅像。
般若寺の鎌倉再興期に叡尊が造立した文殊菩薩像が火災で焼失し、
その後、後醍醐天皇の御願成就のため慶派仏師・康俊、康成が造仏。
西大寺展(公式サイト)の大阪展、山口展に出陳されています。
その他、不動明王、四天王、弘法大師のお像など、古い仏像がたくさんありました。
鎌倉時代の大般若経の経箱があり、南朝の大塔宮(だいとうのみや/おおとうのみや)
護良親王(もりよししんのう/もりながしんのう)が
笠置より吉野へ逃れる際に、身を潜め難を免れたと伝わる唐櫃で、
ご住職に、私が横浜から来ていて、鎌倉の護良親王ゆかりの鎌倉宮(ブログ記事)や
護良親王のお墓(ブログ記事)にも訪れたことがあることをお話をしました。

西国薬師第三番札所の御朱印をいただきました。

般若寺 西国薬師 御朱印


「石塔薬師」となっていますね。

宝蔵堂では白鳳秘仏特別公開ということで、白鳳阿弥陀如来などがご開帳に
なっていました。

奈良 般若寺 白鳳秘仏特別公開


宝蔵堂はドラを鳴らすと自動で扉が開くシステムで(というか、中から女性のかたが
開けてくださる)、今にも壊れそうなとても古い建物です。

奈良 般若寺 白鳳秘仏特別公開2


しかし、拝観させていただくだけの値打ちがありました。
秘仏阿弥陀如来は聖武天皇が奉納されたと伝わる金銅製の仏像で、
アルカイックスマイルをたたえ、頭や手の大きな4頭身ぐらいの
かわいらしい子供のようなお姿です。
昭和39年の十三重石宝塔の大修理で発見され、重文となっています。

しかも、台座から平安時代の胎内仏3体(地蔵菩薩、大日如来、十一面観音・重文)
も見つかり、どれも超ミニサイズなんですが、大日如来は総高5.2センチで、
虫眼鏡を使ってはじめてお顔の表情などがわかる、というような精巧なものです。

また石宝塔の納入品の中には、小さな金銅五輪塔や水晶五輪塔もあり、
これは観覧した西大寺展の東京展でも展示されていて、その小ささ、水晶の美しさに
見とれていたもので、またここで再会できるとは思いませんでした。

こちらに阿弥陀如来の御朱印を用意されていたのでいただいたら、
ご本尊の御影もくださいました。

般若寺 文殊菩薩御影 白鳳阿弥陀御朱印


もう少し境内を散策させていただきます。

西国三十三所観音石仏

奈良 般若寺 境内1


笠塔婆(鎌倉時代・重文)

奈良 般若寺 境内2


そこここにフォーカルポイントが・・・。

奈良 般若寺 境内4


楼門(鎌倉時代・国宝)

奈良 般若寺 楼門


京街道に面した楼門は国宝です!
真言律宗の祖・興正菩薩叡尊らによる鎌倉再興期の伽藍。

平重衡 供養塔

奈良 般若寺 平重衡供養塔1



奈良 般若寺 平重衡供養塔2


まだまだ書ききれないこともあるのですがこのへんで。
仏像あり、文化財あり、たくさんのお花にたくさんの見どころ・・・
それほど広い境内ではありませんが、もぐまま的にはパラダイス度の高い
お寺認定でございます(*^^*)

奈良 般若寺 境内3


自称ベランダガーデナーのもぐままですが、コスモスって風雨ですぐ倒れるので
美しく咲かせるには手が掛かるんですよ。
2度の台風や大雨が続く秋でしたが、ここまで咲かせるご努力は
いかばかりかと。
お寺の素晴らしさとともにコスモスのお花にも称賛を差し上げたいと思います(*^^*)


(11月5日参拝)


にほんブログ村に参加しています。
今日の記事がおもしろかったら、ぽちっとお願いいたします。
励みになります。ありがとうございます!
にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 鎌倉情報へ

ツイッター始めました!
神社仏閣、鎌倉情報を中心に「ツイート」「リツイート」しています。
よろしかったらこちらにもお立ち寄りくださいね(*^_^*)

テーマ : 神社・仏閣巡り
ジャンル : 旅行

鑑真の情熱を伝える寺 唐招提寺



奈良・斑鳩1dayチケットだと奈良をあちこちお得に回れます。

近鉄西ノ京駅から薬師寺の脇を通ってやってきたのは唐招提寺。

唐招提寺 南大門1


南大門の扁額。

唐招提寺 南大門2


どうして薬師寺からじゃなくて唐招提寺に先に来たかというと、
手元に御朱印帳がなくて、御朱印帳を検索していたら、唐招提寺に素敵なのが
ありそうだったから(*^^*)

金堂内部の奈良時代の仏像はことごとく国宝ですね。
ワクワクしてきます!

唐招提寺 南大門3


秋らしい赤い実の先に見えるのは・・・

唐招提寺 金堂1


国宝の金堂です。

唐招提寺 金堂2


聖武天皇は、出家者を正式な僧として認める授戒制度を行なえる僧侶を唐に求め、
それに応えたのが、当時すでにスーパースターのような存在であった鑑真でした。
困難を極めた渡海は6度目にして叶い、しかしその頃には鑑真は失明していた、というのは
誰もが知るところですね。
もぐままが学生の頃、井上靖の「天平の甍」が映画化され、
確か原作を読んだはずなのですが・・・。

初めて訪れる唐招提寺。

唐招提寺 金堂3


来日の翌年、754年に鑑真は東大寺大仏殿に戒壇を築き、聖武上皇以下400名に
日本で初めて戒を授けました。
東大寺で5年過ごした後、大和上の称号を賜り、天平宝字3年(759)律宗の総本山・唐招提寺を
創建しました。

鴟尾(しび)

唐招提寺 金堂 鴟尾(しび)


火災や雷除けのおまじないなのだそうです。
高さは1.2メートルあります。

ギリシャ神殿風のエンタシスの柱が並びます。

唐招提寺 金堂4


奈良時代建立の寺院金堂として唯一現存するものです。
外から内陣を拝観します。
中央に高さ3メートルにもなる本尊・盧舎那仏坐像、右に薬師如来立像、左に千手観音立像・・・
天平時代からのお姿そのままでいらっしゃるのです。
テレビ番組で見ていて知ってはいたはずなのですが、特に千手観音さまの前に立った時には
畏怖の念でいっぱいになりました。
というのも手は953本残っているそうで、もぐままの言うところの「リアル千手」でいらっしゃり、
太いほうの手には様々な持物(じもつ)を手にされています。
お坊様がいらっしゃって、少し説明をしてくださったのですが、例えば、向かって右下の
あたりに柳の枝を持っておられ、昔は柳の枝は歯ブラシ替わりに使われたことから、
丈夫な歯は健康の元であり、健康を授けてくださる手であるのです。
かと思えば、法具である独鈷杵(とっこしょ)を持つ手は、憎いアイツをやっつけてくれる
手だそうで、観音さまがこのようにありとあらゆる願いを聞いてくださり、
救いの手を差し伸べてくださるのだと思うと、ありがたいお姿であるとしか言いようがありません。

南西の隅鬼

唐招提寺 金堂 隅鬼(南西)


金堂の四方の軒下には「隅鬼」というのがいて、特に南西にいる隅鬼は
晴れた日の午前中がよく見えるとのことで、カメラをズームすると
このようにばっちり撮影できました。

まずはご本尊を参拝できたので御朱印所へ。

そうそう、御朱印帳です。

唐招提寺 御朱印帳


紺色の千手観音光背柄も素敵なのですが、鑑真大和上1250年御諱(ぎょき)記念
朱印帳の紙裁文(かみさいもん)文様って、黒地に金糸と紫で、
とってもモダンな雰囲気もあり、即決です(≧▽≦)
お揃いの御朱印帳袋もありましたよ。

唐招提寺 紙裁文紋様御朱印帳


鑑真大和上が亡くなって1250年記念の御朱印帳。
この文様は昭和31年に行われた宝蔵の修理で発見された古裂・裁文残片類の一部で、
左右を斜めに切り替えたり、青海波(せいかいは)風図様を
和紙の切り抜きで表したという非常に珍しいものだそうです。

御朱印と鑑真大和上の御影(みえい)もいただきました。

唐招提寺 御朱印


金堂脇より。

唐招提寺 鼓楼 礼堂 東室


正面に見えるのが国宝の鼓楼(ころう)(鎌倉時代)。
毎年5月19日、鎌倉時代の唐招提寺中興の祖・大悲菩薩覚盛(だいひぼさつかくじょう)上人の
命日には、梵網会(ぼんもうえ)の法要の後に、ハート型の宝扇がまかれます(うちわまき)。
上人は修行中に蚊に刺されても「自分の血を与えるのも菩薩行」とおっしゃったそうで、
「せめて団扇で蚊を払って差し上げよう」と、上人が亡くなられた時にうちわが供えられたのが
始まりだそうです。

鼓楼の右手にある長い建物は礼堂(らいどう)と東室(ひがしむろ)(共に重文・鎌倉時代)。
かつての僧房で、礼堂には清凉寺式釈迦如来立像と日供舎利塔(共に重文)が
安置されます。

鐘楼

唐招提寺 鐘楼


鼓楼と対をなすように建てられ、梵鐘は平安初期の重要文化財です。

講堂(奈良時代・国宝)

唐招提寺 講堂


鑑真和上が唐招提寺を開創するにあたり平城宮東朝集殿(ひがしちょうしゅうでん)を
移築したたもの。
本尊は弥勒如来坐像(鎌倉時代・重文)で、眼力の強い仏さまでした。
和上は仏教を学びたい人は誰でも学べるように唐招提寺を開きました。
論義台というのが置かれ、ここで講師と読師が問答をしました。
鑑真が命を賭して日本にやってこなかったら、日本の仏教は全く違う形になっていたかも
しれませんね。
ここに鑑真がいらしたのかと思うと歴史の重みを感じずにはおれませんでした。

開山堂

唐招提寺 開山堂


平成25年に鑑真和上のお姿を写した「お身代わり像」が安置されました。
年に数日(6月5、6、7日)しかご開扉されない国宝の和上像に代わり、
いつでもお参りのできる御像です。

御影堂(みえいどう・重文)は平成27年から平成の大修理に入り、約5年間
拝観できないそうです。

唐招提寺 御影堂1



唐招提寺 御影堂3



唐招提寺 御影堂2


御影堂には国宝の鑑真和上像が納められ、東山魁夷画伯の障壁画が奉献されています。
もぐまま、東山魁夷の大ファンで、障壁画は展覧会で何度か見ているのですが、
いつかは唐招提寺で拝見したいです(*´ω`)

鑑真和上御廟へと続く道。
趣のある塀に沿って歩き・・・

唐招提寺 鑑真和上御廟1


門をくぐると、厳かな聖域が広がっていました。

唐招提寺 鑑真和上御廟2


鑑真和上の墓所です。

唐招提寺 鑑真和上御廟3


天平宝字7年(763)鑑真は唐招提寺で結跏趺坐のお姿で76年の生涯を閉じだということです。
日本にあるお寺の数はコンビニより遥かに多いそうですが、時代を遡るほど、
仏教に対する思いや情熱が純粋なように思えるのです。
ですから、こういった日本の仏教発祥の地のような所に訪れると、感じ入るものがあるのです。

新宝蔵

唐招提寺 新宝蔵2


特別展をやっていたのですが・・・

唐招提寺 新宝蔵1


もぐまま、唐招提寺の雰囲気が好き過ぎて長居しすぎ(≧▽≦)
この後の予定もあるので、泣く泣くパスです。

宝蔵と経蔵(手前)

唐招提寺 宝蔵 経蔵


共に奈良時代の国宝です。経蔵は唐招提寺創建前の新田部親王邸の
米倉を改造したものといわれ、日本最古の校倉です。

時間が押していますが、西のほうにも回ってみます。

おっと・・・

唐招提寺 石の隅鬼


金堂のそばに石の隅鬼がいました(*^^*)

戒壇

唐招提寺 戒壇1


僧となるための授戒が行われる場所で、創建時に築かれ、この石段は鎌倉時代のものだそう
ですが、建物は火災によって失われています。
昭和53年(1980)残った3段の石壇の上にインド・サンチーの古塔を模した宝塔が
置かれました。

戒壇入口の門の上に・・・

唐招提寺 戒壇2


何気なく三つ葉葵の御紋。
調べたところ、三つ葉葵の左側は九目結紋(ここのつめゆいもん)で、
5代将軍綱吉の生母・桂昌院の家紋(本庄家)なんだそうです。
桂昌院は唐招提寺にもかかわっていたのですね。
西国三十三所を巡礼しているかたは桂昌院というと善峯寺(ブログ記事)と
リンクしているかもしれないのですが、あちこちお寺巡りをしていると
度々目にする名前が桂昌院で、仏教に深く帰依したことから寺社の再建に勤しみ、
幕府の財政悪化につながったともいわれています。
生類憐れみの令も、捨て子や病人など弱者救済の福祉政策の一環だったようで、
いろいろ行き過ぎ感のある人物かもしれませんが、桂昌院がいなかったら
神社仏閣はここまで残っていなかったかもしれません(*^^*)

お寺の売店はどうにも煩悩まみれになってしまいます(笑)。

唐招提寺 クリアファイルとポストカード


金堂の仏像のクリアファイルとポストカードを何枚か。
仏像のポストカードも買ったのでクリアファイルはもういいか、とも思ったのですが、
クリアファイルの裏が「千手観音の手」のクローズアップで、なんだか魔法にかかったように
レジに出してしまっていました(≧▽≦)
「天平の甍」ももう一度読んでみようと思います。


(11月5日参拝)


にほんブログ村に参加しています。
今日の記事がおもしろかったら、ぽちっとお願いいたします。
励みになります。ありがとうございます!
にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 鎌倉情報へ

ツイッター始めました!
神社仏閣、鎌倉情報を中心に「ツイート」「リツイート」しています。
よろしかったらこちらにもお立ち寄りくださいね(*^_^*)

テーマ : 神社・仏閣巡り
ジャンル : 旅行

プロフィール

もぐまま

Author:もぐまま
大阪市出身、横浜市在住。しがない主婦が寺社巡礼に目覚める。人生のたそがれを感じる今日この頃、幕末歴女のもぐ娘や鉄分多めのもぐぱぱを道連れに、あの世とこの世の狭間を旅します(笑)。
ツイッターはこちらから。
*追いかけ更新をしている時がございます。ご了承くださいませ。
*画像の個人利用はご自由に♪転載の場合はお声掛けください。

カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
カテゴリ
最新記事
コスモスと石の寺 西国薬師 第3番 般若寺 2017/11/13
玄奘三蔵院ご開扉 西国薬師 第1番 薬師寺 2017/11/11
鑑真の情熱を伝える寺 唐招提寺 2017/11/08
うめだ阪急「イタリアフェア」 2017/11/02
大町阿礼作 WEB小説「北円堂の秘密」 2017/10/21
『運慶展』@東京国立博物館(平成館) 2017/09/29
最新コメント
Twitter
にほんブログ村
ご訪問ありがとうございます。当ブログは以下のカテゴリーに参加しています。一日一回どちらかのバナークリックが有効です。何かお役に立つ情報がありましたら応援クリックが励みになります。ありがとうございます。
検索フォーム
お探しのお寺などの名称を入力してください
月別アーカイブ
神奈川の天気予報

鎌倉情報・巡礼情報リンク
OKADOさん、リスペクトです!
ブロとも一覧

東京ぶらぶらり

御朱印もとめて鎌倉散歩

行った気分で京都。 そうだ、鎌倉あたりにしとこう。

よくろべ(じじまる)のお寺さん巡り
鎌倉情報 注目記事
子宮頸がん予防ワクチンを受ける前に
私はひとりの女の子の母親として、子宮頸がん予防ワクチンに疑問を持っています。 もし、ご家族に女の子がいらっしゃいましたら、ぜひみかりんさんのブログにお立ち寄りいただき、お読みいただけましたら幸いです。
みかりんのささやき
お勧めガイドブック

頼りになる地図はこれ!


鎌倉三十三観音巡り<改訂版>


歴史とルートをもっと詳しく

「御朱印」で検索
いらっしゃいませ
あなたは

人目のお客様です
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

RSSリンクの表示
QRコード
QR